5月16日 長女の結婚式

 新緑が目にまぶしい季節となりました。13日に長女が結婚式をあげました。ほっと一息です。
 
 親の不仲や忙しさの中でずいぶんと悲しい思いをさせてきた子どもたちです。でも友人や学校の先生方や地域活動に取り組んでいらした教育者の方々など多くの素敵な人との出会いの中で、悲しみを乗り越えて成長してくれました。
  そしてぞの中で親の愛情に恵まれなかった子どもたちや社会の片隅でひっそりと生きている若者たちの支援をする仕事に携わり、職場の皆さんに助けられながら頑張っていました。
 
 「時間あいたから飲みに行こう!」と誘う相手がいなくなってちょっとさみしいですが、安心して彼女を任せることができるパートナーと出会うことができ、本当にうれしいです。
 
 そして残るは「あと一人」次男です。大学は卒業したものの、就職は決まらず、独自路線を歩んでいます。自立しなければという気持ちは強くありますが、何しろ誰に似たのか気難しい。
 コツコツと一つのことを集中してやっていく粘り強さは大したもの。もう少し待ちたいと思います。
 
 長男はいっぱい遊んで、時には道を踏み外しそうになったこともありましたが趣味と実益を一致させるには能力と財力不足を自覚し、今は製造業の現場で機械油にまみれて朝早くから夜遅くまで仕事をしています。大変パワフル、そして面白人間。宴会には欠かせない存在です。同時に長男夫婦は私の良き理解者でもあり、励まされます。
 
 披露宴後、甥や姪、その親たち、おばあちゃん、おじさんなど総勢14名が集まってホテルで再び祝杯をあげました。風俗に行ったことがあるとかないとか、そんな会話をしながらも、看護師をしている姪からは「おばちゃん、生活保護の制度はおかしいよ、働かなくてもお金がもらえる仕組みはよくないよ、病気の人やお年寄りは当然だと思うけど」なんて意見も出されます。「原発動かさないと日本経済、やばくない?」という甥っ子もいます。
 だんだんに自分が考えていること、抱えている問題などを話しだします。ときどき親の知らない男女の交流関係なども告白され、親はひやひやしながら聞いています。
 最終的には自分たちで結論を出していきます。もっと勉強しなきゃいけないね。知らないことが多すぎる。マスコミに振り回されちゃ駄目だね、など。
 
 若者との会話は楽しい。
 ひとりひとりの個性が生かされる、若者が希望が持てる、そして人権が大切にされる社会の実現のために親の責任としても頑張りたいと思います。

4月29日 この長野からの思いで頑張りたい

 本日は志位演説会。会場いっぱいの1100人が参加しました。「原発に頼らない未来を創ろうプロジェクト」の田澤洋子さん、栄村村長の島田茂樹さんも挨拶してくださいました。
 
 演説会へのお誘いなど地域の訪問活動をしましたが、政治への大きな怒りを実感しました。そしてそれをどこへぶつけたらいいのかわからない、既成政党はすべてダメ、全国会議員を入れ替えたほうがいい、まず国会議員が身を削るべき、そんな意見が出てきました。
  じっくりと話に耳を傾け、共感し、共産党への疑問も一つ一つ丁寧に答えていく中で、だんだん心が通じ合うようになりました。「共産党がいいことを言っても国民から支持を得られないのはやはり何かあるからだ。」とか「福祉福祉と言って、世話になることだけを考えていてはいけない、親の介護は子どもが行って当然」、さらに「母親が外に働きに行くようになったから家族が崩壊して、子どものしつけもできない家庭が増えた」などなど。
 
 こんなに私たちと意見が違っても、小一時間話す中でだんだんわかりあえるようになり、橋下市長に期待するしかないと言っていた人が、応援させてもらいますと言ってくれました。
  まじめに一生懸命生きてきた人たちほど、その怒りは大きくなっていることを感じます。
  そして共通して話ができて良かった、こんなことを聞いてくれる人たちはお宅らしかいない、身近な声に耳を傾けてほしい、と感謝されます。
 
 今日の志位委員長の迫力ある訴えを聞いても、真に国民の利益を守る党の立場を貫いているからこそ、堂々と訴えることができるということを感じました。
 こんなに悪政に苦しめられていても、国民は日本共産党を支持してくれるわけではないことも感じます。国民の苦しみに耳を傾け、私たち自身がその苦しみを打開する方向を自らの言葉で語って行くことが大切と思います。
  解散総選挙に向けて、今度こそ党議席を増やす、この長野からの思いで頑張りたいと思います。

4月22日 岩手県東部地区復興支援 その3

 その後釜石の鵜住居(うのすまい)地区を通って大槌町に向かいました。鵜住居防災センターも大槌役場もたくさんの犠牲者を出した建物です。
 瓦礫の山は目に見える範囲ではきれいに片づけられていましたが、かつて多くの人たちが暮らしていた面影一つもなくなり、荒涼とした地域にビルの残骸だけがポツンポツンと残されていました。

 復興支援のためにこの長野の地から何ができるのか、むなしさを感じつつしかし、できることを一つずつやって行くことが厳しい現実の中で、厳しさを受け入れながら頑張っている人たちの励ましになるし、生きていく力を応援することになるんだと思います。

 最後に釜石の市街地の海産物のお店でたくさんの新わかめを買い求めました。4月29日の志位演説会で売るためです。少しでも支援に役立てばとの長水地区委員会の思いです。
 案内をしてくれた深沢久人青年はどこへ行っても顔なじみの人がいて「この間はありがとう」と声をかけられていました。民間の支援などほとんど入らなかったという佐須地区でもすれ違う車の中から頭を下げていく人たちがいました。
 穏やかで優しい青年です。震災直後の大混乱の中で全国から支援に来た人たちを受け入れるために地区委員長であるお父さんのお手伝いがきっかけでしたが、今ではなくてはならない支援の中心になって頑張っています。この中で長野県の女性と知り合って結婚することになったということです。うれしいニュースです。

 夜は金沢の支援隊の二人の女性と同室になりました。男性陣は早々と就寝されていましたが、長野から行った女性三人、計5人で一日の活動を報告し合い、少しお酒を飲みながら懇親を深めました。
 金沢から来た一人の方は3.11の時は東京の有楽町にいて帰宅困難者になっていたとのこと。今後予想される首都直下型地震など、また原発問題など長野市の防災対策もしっかりと取り組まなければならないという思いも新たにしました。

 帰りの車の中で「東日本大震災・津波体験集 3・11その時、私は 第一集」を読みました。そしてワカメを買い求めたお店の女性店主も津波に飲まれて生還された方であったことを知りました。加工場も被災していました。
 この本を取り寄せて販売することにしました。一冊1200円です。ぜひお買い求めください。それも支援になります。

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。この時間に飲み込まれたということか
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4月22日 岩手県東部地区復興支援 その2

 昼食は地元の海鮮料理が食べられる食堂にいき、海の幸いっぱいの海鮮お宝どんぶりをいただきました。お金を使うことも大切な支援活動です。

 遅い昼食を済ませてから釜石のはずれにある佐須地区という27世帯130数名が暮らす小さな漁村に案内されました。リアス式の湾と山に挟まれた、海岸から集落の奥まで多分わずか500メートルくらいしかない地域です。
 しかしこの集落はひとりの犠牲者も出していないというのです。地震直後大津波が必ず来ると確信し、山を越えて全員がいち早く避難していたのです。

 海辺でごみ処理をしていた男性に話を聞くことができました。この方は名前も写真も断るということでした。テレビ局の取材などもすべて拒否をされたそうです。
 3.11は消防団として他地域で避難誘導をしていて軽トラごと津波に飲み込まれ手動の窓だったためかろうじて窓から脱出して九死に一生を得たということです。もしこの集落で犠牲者が出たとしたら自分だったと言っておられました。しかし一緒にいた4人の仲間が避難させていたお婆さんもろとも犠牲になってしまったとのこと。大変厳しい表情で話されました。そして明治29年の明治三陸沖津波のアウターライズ地震が昭和8年の三陸沖地震であり、今後もっと短い周期で今回のアウターライズ地震があると思うと話され、今回の地震も専門家は予知していたのに、公にされてこなかったと怒りをあらわにされていました。
 地震後の救援について伺うと3日後に自衛隊が一週間後に米軍が支援物資を届けてくれたとのこと。この集落に行く道はたった一本。そして行き止まりです。そのため各自一週間分くらいの食料は常に備蓄してあるので困らなかったというのです。
 お話を聞きして、まさに海とともに生きてきた人たちであると痛感しました。海の脅威を知った上でここで生きている人たちです。

 しかし海辺に近い何軒かのお宅が破壊され、仮設住宅が建っていました。
 私は海の中に瓦礫があり、もっと汚れていると思ったのですが大変きれいな海で瓦礫はひとつもありません。すべて津波がのみ込み持ち去ったそうです。大変穏やかなリアス式の海岸でした。

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e99c87e781bde694afe68fb4e38080e5b2a9e6898be79c8ce69db1e983a8e59cb0e58cbae5a794e593a1e4bc9a068.jpg 仮設住宅の集会室。「CRASH」というキリスト教の団体の人たちが支援に来ていました。
今回も事務局を担当してくれた小林一志常任委員と英国、ハワイ、アメリカなどから支援に来てくれているCRASHの人たち。おいしい珈琲をいただきました。広告用紙を使って蝶を作っていました。
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4月22日 岩手県東部地区復興支援 その1

 20日から22日まで釜石市にある日本共産党岩手県東部地区委員会が行っている復興支援の活動に行ってきました。長野市から私と佐藤久美子市議はじめ9人が参加しました。

 赤旗読者、党員、一般市民の方々から寄せていただいたたくさんのお米やタオル、シーツなどをバンの車に積み、ワゴン車と私の乗用車に分乗して出発しました。

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 遠野市の党員のお宅に宿泊させていただき、遠野市から約1時間ある釜石市で青空市を行いました。
現地ではボランティアの受け入れを担当している青年の深沢久人さんと79歳になる佐々木トシさんが案内と青空市の指導をしてくださいました。
 お米はすべて3キロずつ小分けし、生鮮野菜も平等に小分けして、一世帯一袋ずつと公平に配布されるよう決まりが作ってありました。
 洗剤も一つずつです。そのほかのものは必要な人が持っていくように並べます。

 伺った先は見なし仮設住宅となっている雇用促進住宅です。80世帯が避難しているそうです。事前に戸数を調べて受け入れの担当の深沢さんたちが準備をしてくれてありました。
 見なし仮設住宅とはいえ、本当の仮設住宅には支給された家電6点セットなどはありません。お店からも遠く公的な支援は薄いということです。
 こちらから行った柳原の中野さんや山崎さんは昨年11月に行ってきて、そのやり方を知り、現地の皆さんの負担を減らそうと長野市から3キロずつに仕分けしてお米を運びました。長野市から運んだお米は中野さんが近所の人にも協力を呼び掛けて集めたり、佐藤久美子市議が信濃町の荒井町議などに協力を求めたもの、川中島から参加した山崎さんが供出してくれたお米です。
 私もこの間三輪の事務所に党員や読者が寄せてくれたたくさんの綿毛布や敷布、バスタオルなどを持って行きました。三輪の市民の方から高額な募金も寄せられました。本当にありがたいです。

 現地には全国から寄せられた絵本やクリーニングに出され新品同様になっている男性用礼服、大量のタオルや歯ブラシ、洗剤類、トイレットペーパーやティッシュ、比較的新しい衣類やもちろん新品の衣類などが用意されていました。
 朝10時から行うと事前にチラシが配布されており、当日もハンドマイクで呼びかけると次々と出てきて並んでいました。子どもたちもたくさんいました。
 深沢東部地区委員長とともに私も挨拶させていただきました。「ささやかなものですが皆さんが元気になってもらうためにこれからも日本共産党は精いっぱい支援活動を行っていきます。」と。

 一時間ほどで青空市は終了し、次の日に石川県金沢市から支援に来ている人たちが行う物資お届けたい隊と御用聞き活動の準備も行いました。お米や玉ねぎ、みかんを仕分け、すぐに運びだせるようにしました。
 400世帯も暮らすマンモス仮設住宅もあり、そういう場所での青空市はかなりの量の支援物資が必要となり、だんだん物資も募金も集まりにくくなっているようです。
 被災者の皆さんは震災から1年たっても雇用が確保されず、日常の消耗品を購入するのも苦労している方々がたくさんいます。
 また地震や津波の恐怖、身近な肉親の死で深く心に傷を負い、声が出せなくなってしまったお子さんもいるとのこと、かわいがってくれた祖父母が犠牲になり、母子家庭のお母さんに暴力振るうようになってしまった青年もいます。

 案内してくれた佐々木トシさんは震災で深く傷ついている人たちに寄り添って、相談や支援活動を行っていました。

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